私たちの服づくり

「オーダーメイド」の欺瞞

「オーダーメイド」を謳う紳士服ブランドやテーラーの多くが、製品やその生産に関して外注先の工場に依存していることを皆様はご存知でしょうか。手の込んだ縫製や一般的でない仕様は「生産効率が悪く大量生産に向かない」という理由で、いとも簡単に工場から生産を断られてしまいます。お客様に提供する商品について真摯に考え、各々の理想を実現させているブランドは、ほとんどと言っていいほどありません。顧客に対しては自由なオーダーメイドを標榜していながら、ブランドは生産側の制約に縛られており、タグ違いの同じ製品を多数のブランドが我が物として販売しているのです。

特に日本国内のオーダー工場では縫製工員の深刻な高齢化が進み、その解決策として受け入れる外国人技能実習生も短いスパンで入れ替わってしまうため、熟練した技術が失われ始めています。その上、各注文のサイズやデザインが手書きで記入されたオーダーシートをFAXで受け取り、それを目視と手入力でデータに起こすという現場も少なくありません。そうした要因が積み重なった結果、凝った生産をすることがより一層困難になっています。解消すべき非効率からは目を逸らし、製品から多様性を奪い画一化することで効率を求める。そんな生産現場の現実が横たわっています。

ブランドの個性やこだわりが反映できず、割高な価格設定からも逃れられないような環境は、私たちの理想のものづくりを実現するには程遠いものです。


私たちのオーダーメイド

私たちKEIはブランドの設立当初から、完全オリジナルのパターン(型紙)での提供を続けています。また、ボタンや刺繍、糸、その他資材など、あらゆるシャツの構成要素においてもコントローラブルな環境での生産にこだわってきました。つまり、縫製工場での生産環境もオーダーメイドで作り上げてきたのです。

去る2021年の秋、パターンの大幅なアップデートを行うことができたのも、この姿勢を貫いてきたからこそでした。納得のいくシャツをお客様にお届けするため、試行錯誤を繰り返し、幾度もの調節を重ねました。例えば襟の長さがたった0.5cm違うだけで、シャツの印象はガラリと変わります。身頃と袖が縫い合わさる脇下の点がたった1cm上下するだけで、腕を通したときの着心地は緩々にも窮屈にもなり得ます。そういった些細にも思えることの集積が、KEIのブランドとしてのこだわりを商品という形で体現させているのです。

それはパターンに限ったことではありません。貝ボタンは質を重視して、母貝ごとに異なる仕入れ先から調達しています。ポリエステルボタンを導入する際には、数千種類から吟味を重ねました。刺繍はオリジナルフォントの作成に始まり、それを実現する最適な大きさ、糸の種類、機械の設定などを何通りも検証し、一から環境を構築しました。

クラフトマンシップを大切に、ものづくりと真剣に向き合う。それは容易なことではありません。効率化すべき部分とそうでない部分を見極め、選択的な非効率は厭わない。妥協せず実現可能な最善を考え、問題があれば一つ一つ修正していく。その姿勢を貫きながら、貫くための環境づくりも怠らない。

そうして、常にお客様にご満足いただけるようなサービスを提供するために努力を続けています。


オーダーメイドを超えて

そんな私たちですが実は長い間、オーダーメイドに対する疑問に向き合ってきました。

「膨大な選択肢の中からデザインやサイズを一つ一つ選んで決めることが、果たして本当に求められているのか」。もちろん、それこそが魅力であることは間違いありません。広大な可能性の海から1着のシャツを手繰り寄せることは、豊かなときめきの時間をもたらしてくれますが、しかし同時に大変なエネルギーを要することでもあります。

自由すぎるオーダーメイドが、「選ぶ」という行為に人々を縛りつけて逆に自由を奪っている。その矛盾に抵抗するべく目指したのは、オーダーメイドからの“解放”。すなわちオーダーメイドよりももっとインタラクティブな、新しい服選びでした。

数年に渡って温め続けたその構想が遂に形となったのが、2024年春のサイトリニューアルです。キーになるのは「“選ぶかどうか”を選ぶ」こと。デザインもサイズも確実に選ばなければならなかった従来のオーダーメイドとは異なり、そこには「選ばない」自由があります。完成されたデザインと一般的なSMLサイズを、ある種の雛形として使用すること“も”できる仕組みです。

出来合いのデザインを、自分だけにぴったりなサイズで。こだわって組み合わせたデザインを、一般的なMサイズで。陳列されているデザインでSMLサイズを選ぶこともできれば、もちろん従来通りデザインもサイズも自分で決めることもできます。あるいは間をとって、衿のデザインだけを自分で選び、Sサイズから裄丈だけを伸ばすことだって可能です。デザイン面とサイズ面における、それぞれのレディメイドとオーダーメイドの、すべての組み合わせが両立し得るのです。

既製服と注文服という二項対立の枠に収まらず、その間(あわい)をゆらゆらと漂うような、新しい衣服のあり方。誰もが自分の身体に合った服を着ることができるようになった今、自分の気持ちに合った方法で服を選ぶことが、より便利な体験とより豊かな未来に繋がると信じています。